図録

テーマ展「乱世からの手紙ー大阪城天守閣収蔵古文書選ー」

販売価格
1,000円(税込み)
在庫
取扱コード
T0013
JANコード
2000050100697

商品詳細

大阪城天守閣が収蔵する、織田・豊臣期前後の古文書コレクション約1000点の中から厳選した84点を紹介。手紙を通して武将たちの戦略や心情、人間関係、生活、風習などをよみとります。

【大阪城天守閣 企画展示「戦国経済史序説」】に展示中の資料
22 毛利輝元書状 (天正10年)7月18日付 蜂須賀彦右衛門尉宛
本能寺の変の翌月に、毛利輝元が秀吉の重臣・蜂須賀正勝に送った書状。
天正10年6月に本能寺の変が起こったとき、秀吉は備中高松城をめぐり毛利氏と対陣していましたが、急ぎ講和を結んで京都方面へ引き返し、山崎合戦で明智光秀を討ちました。
輝元はこの手紙で山崎合戦の勝利を祝い、その祝儀として正勝に太刀と銀100枚を贈ると述べています。

75 増田長盛等五名連署状 (天正19年)8月3日付 北野社人中宛
豊臣秀吉の意向を奉行衆が北野天満宮に伝えたもの。重篤になった秀吉の息子・鶴松の回復祈念を依頼し、「こんど若君様(鶴松)が回復されたら、先般の願かけの寄進米700石と、大政所様分の6000石を納めます」と述べています。
秀吉は、3年前に母・大政所が病気になったとき、回復したら1万石を寄進すると約束して北野天満宮に祈祷を依頼しました。ほどなく母は全快したのですが、3年たっても約束の半分も納めていなかったのです。その未払い分を、愛児の祈祷の報酬分として数え上げています。鶴松はこの書状の2日後、3歳で生涯をとじました。


■備考■
発行日 2014年3月21日
編集・発行 大阪城天守閣
B5判、112ページ

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